サヨナラ信用金庫⑤!私が退職した理由 ~絶望編~ 【止まらぬ転落】

2020-04-23

ごきげんよう!楓華です。

先日のブログでは、本店営業部への転勤と本店での悪夢のはじまりについてお話ししましたね。

今回は、

「再度窓口担当になり本店営業部のみんなを見返してやる!」

と意気込みまた走り出したところからお話しします。

最初のお話はこちらから。

前回のお話はこちらから。

このブログに登場する、信用金庫名、支店名、個人名は全て仮名です。イニシャルではなく、楓華が必要に応じてつけたものです。御了承ください。

2度目の窓口担当に

M支店での1年弱の窓口担当、その後他の係も経て約1年ぶりに私は窓口業務に帰ってこれました。

またM支店の時のように頑張ろう。

今度こそ窓口優秀賞1位を獲ろう。

憧れの窓口、一番好きな係の窓口、私の気合いは入りまくりでした。

当時の本店営業部は、M支店と同じくハイカウンターの3窓制。

入り口に一番近い1番窓口には、1級上の濱田先輩。

真ん中2番窓口には、窓口に出たばかりの1歳下の星野さん。

そして、一番端っこの3番窓口に私。

という配置でした。

濱田先輩は、私より半年前に転勤してきた方で物腰が柔らかく言葉遣いも丁寧。

資格取得に積極的で金融知識も豊富。

上司や同僚からの信頼も厚い。

接客スキルも高く、顔も可愛いためお客さまからラブレターを貰うこともあるような方でした。

(ただ、笑っていても時々目が笑っていない。真顔に戻る時少し怖いな。という印象もありました。)

さすがは本店!私と1歳しか違わないのに優秀な方だなぁ。

私も濱田先輩のような、お客さまからも、同僚・上司からも愛される職員になろう!

と私は濱田先輩を尊敬し、そして彼女のようになりたいと思い憧れていたのです。

しかし・・・。

熾烈なピンポン合戦

本店営業部は、入口すぐに窓口受付機が置いてあり右手奥に記載台、左手に1~3番窓口(ハイカウンター)、2つのローカウンター(必要に応じて使用)があるという配置でした。

来店客は、入出金など簡単な手続きもしくは慣れている方の場合は、

「入店し記載台にて伝票を書く」→「窓口受付機で番号札を取る」→「呼ばれるのを待つ」

という流れ。

もしくは、

相談や何かの契約や解約などをされる方は、

「何も書かず番号札を取り待つ」

という流れでした。

本店営業部は、都心にある店舗のため半数以上は毎日同じような手続きのため来店される法人の経理の方でした。

そのため、

「○○製作所の人。いつもの入金処理だからすぐ終わる。」

「××運送だから、ちょっと時間のかかる処理だなぁ。」

「あれ?この人何も書かずに番号札引いた。それにあまりみない顔。定期の証書と印鑑持ってるから解約?」

などなど、窓口業務に慣れてくると、来店して番号札を取って座ったと同時に、処理内容や依頼内容の予想が出来るのです。

実は、1番窓口の濱田先輩。凄いのは、接客スキルや金融知識だけではなく、

「待っているお客さんを見極める力」「お客さんを持っていく力」

も凄かったんです。

見慣れない人、契約ポイ人が来ると、他のお客さんの処理をしている最中でも「ピンポーン!」と呼び出しをして、受付をしてしまうのです。

(今受けているお客さんは他の人に回したり、ひどい時は後回し)

また、次の次が契約ポイな。とか見極めた場合には今の事務処理速度を落とし、必ず自分が営業をして契約を取れるようにしてしまうのです。

さらに、私や2番窓口の星野さんがそのお客様を受付ようとピンポーン!と呼び出しても「どうぞー!」と言ってお客さんを横取り……。

1番窓口は入口に一番近いため、待っているお客さんからも一番近い窓口。

手前の窓口の人に呼ばれると近い窓口に行ってしまいます。

そんなこんなで、最も入口から遠い3番窓口に座っている私が接客できるお客さんは、権限のない飲食店従業員や法人の経理の方ばかり。

営業成績をあげたくても、セールスできる顧客の応対すら出来ない状況だったのです。

熾烈なピンポン合戦。客取りゲームにおいて私は敗北したのです。

さらに窮地へ

それでも、与えられているもの。窓口のサダメ。

それは、営業目標。

M支店の時同様、窓口営業だけでなくDMや電話セールスも実施しましたが、超都心のため住人は、日中仕事中のため(警戒して居留守のため?)電話には出ず。

お休みも土日のためDMを読んでも、来店はしてくれず。

「全然数字取れてないね?なんでなの??」

と課長から叱責を受け、思い切って、

「3番窓口では、お客様が来なくて…セールスする相手がいないので取れないです。それに日中連絡取れない、来店できないという会社勤めの方が多いため電話セールスもできません。」

と答えたところ、

「そうか。それなら窓口を固定しないで1週間交代で1~3番窓口をぐるぐる回そう!そうしたら不公平もなくなるだろう!!」

と言ってくれたので私は大喜び!

しかし、待てど暮らせどその課長が言ったことは実施されず。

挙句の果てに「そんなこと言ったっけ?」という始末。

結局、M支店の時のように好成績を上げるなど遥か遠く、営業目標を達成することすらできなかったのです。

次長からは「やる気あんの?前評判と違いすぎ。何なんだよ!」と言われさらに自信を喪失。

正気を失っていきました。

私は、元々几帳面ではないため、事務ミスが多めでしたが、自信喪失・正気なしの状態で仕事をするのだから、身が入らず注意力もさらに散漫に。

細かさが求められる金融機関で伝票や書類の細部までチェックをしたつもりでも、心ここに在らず状態のため出来ておらずミスを連発。

みんなの私を見る目はどんどん冷たくなり、2歳下のホノカちゃんという強い強い後輩からもバカにされ始め、挙げ句の果てには、座席指定のない飲み会の時には毎度ホノカちゃん・濱田先輩がまとめる若手の輪、若手の席から意図的に仲間外れにされたのです。

(この時は、見かねた融資課の派遣さんの横になんとか座らせてもらえました。)

何もしていなくても涙が出てくる。

何も楽しいことを考えることもできず。

食欲もなくなっていき。

友達に会う気も起きず。

彼氏(今の主人)と会ってる時も虚ろな表情を浮かべたまま(主人談)、

完全なうつ状態になってしまったのです。

自分で自分の首を絞めた“根性論”と今までの人生

普通だったら退職・転職を考えるのでしょうが、当時の私の周りには、転職をしている人は多くなかったし、いたとしても「ガマンのできないダメな人」というイメージしかなかったので選択肢にも上がりませんでした。

それに私は幼いころから“根性論”で生きてきました。

全然上達できず嫌いだった習い事の水泳も、

パワハラ、モラハラ顧問のいた部活も、

大嫌いだった高校も、

一度も休まず、最後まで根性でやり切ったのです。

根性で乗り越えてきたのです。

今までの人生なんだかんだでいつも最後まで歩んで来れたのです。

それに、そもそも途中でやめたことがないから、途中でやめる方法が分からない。

逃げ方がわからなかったのです。

虚ろな表情を浮かべながらも、

「でもまぁ今までの人生もなんとかなったし、なんとかなる。」

と変なとこだけポジティブに考え、

同僚から干されながら、

上司から全く評価されないまま、

光の見えないトンネルを自分の首を絞めながらヨロヨロと歩いていったのです。

続きは次の記事で。

それでは、ごきげんよう!!

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